会社の沿革

1931年 昭和 6年 11月 初代社長山田米吉が青銅製バルブ、コックの製作販売を開始
1946年 昭和21年  3月 1944年9月戦災により本社・工場が焼失するも、いち早く焼地の中に工場を再建し
生産を再開する。
1949年 昭和24年  5月 資本金400,000円にて、同地に有限会社・山田バルブ製作所を設立する。
1958年 昭和33年  2月 あらゆる産業の基幹である鉄鋼産業における製鋼工程の製鋼工程の酸素ガス導入
用の空気分離装置用の弁類を日本酸素(現太陽日酸)(株)殿、(株)日立製作所殿
より受注。
1960年 昭和35年  6月 法人組織の変更に伴い、社名を 株式会社 山田バルブ製作所と改称する。
 8月 資本金を1,600,000円に増資する。
1970年 昭和45年  4月 新日本製鐵(株)大分製鐵所殿・第一号高炉建設に伴い、高炉並びに製鋼工場等の
高圧酸素配管用のバルブの指定工場となり、又同製鐵所に建設される大分サンソ
センターの酸素配管用大口径弁を大量に受注し納入する。
1971年 昭和46年  2月 運輸大臣より、日本工業規格表示許可(2月9日付・運BA−37号)を得る。
1972年 昭和47年  8月 高圧ガス適用弁の需要増大を予想し,高圧ガス設備認定試験者の資格を申請。
通商産業省・高圧ガス保安協会・東京都等の合同審査を受け、通商産業大臣より
認定工場として認定される。
1975年 昭和50年 11月 大口径バルブの受注に伴い、工場の改修に着手。工場内の改修を行うと同時に
大型機械を設置して第二次増設計画5千万円を投資して設備増設を完了。
1977年 昭和52年  6月 バルブの品質管理の一環として各種材料試験機(万能引張試験機)を設置した。
併せて低温実液試験設備を設置した。
1978年 昭和53年  7月 社長山田米吉逝去に伴い、代表取締役社長に山田信一が就任。
1984年 昭和59年  9月 酒田天然ガス殿(株)殿より余目LNG設備用の弁類一式を受注し納品する。
1989年 平成 1年  6月 国家的事業である宇宙開発H−U型ロケット燃料試験装置用高圧・高グレード品質の
フィルターを受注し、種子島宇宙センターに納品した。
(NASDA殿、三菱重工業殿、日本酸素殿)
1992年 平成 4年  4月 (株)神戸製鋼所殿より、航空宇宙技術研究所・角田試験所向・ラムジェットエンジン
燃焼試験設備用弁類を多数受注し納品する。その中にはLH2・-253〜+527℃・
250kgf/cm2Gの過酷な仕様条件の6台も含まれている。
1993年 平成 5年  6月 高圧ガス認定弁の製造実績台数10,000台を達成する。
1994年 平成 6年 11月 芝税務署殿より法人申告に対し、優良申告法人の表敬状を受ける。
1995年 平成 7年  7月 社長山田信一が海事功労により運輸大臣より表彰を受ける。
1996年 平成 8年  9月 種子島宇宙センター・HU型ロケット発射設備・ロケット燃料充填接続装置用の
ダブルボール弁を受注しこれを完成、納入した。
2002年 平成12年  1月 都市開発法第111条が再開発組合で決議可決され、当社も発祥地より移転して
新工場街区に分有
工場1として工場新設が決定した。
 4月 新日本製鐵(株)本社のエンジニアリング事業部より、八幡製鉄所の11号酸素
プラント(OF11)新設工事用低温弁(液化酸素、窒素、アルゴンのステンレス弁、
BC弁)計384台を受注する。
2003年 平成15年  4月 16日 白金一丁目東地区市街地開発事業分区1として、新工場が竣工する。
 5月 旧工場より新工場への引越を行い、機械及び検査設備の移設と新設を実施。
5月12日より新工場で製造並びに営業業務を開始する。
16日高圧ガス設備認定試験者認定事業所の変更資格取得調査を、経済産業局、
KHK両者により実施。19日認定許可を受ける。
2003年 平成15年 10月 5日 石原伸晃国土交通大臣より、新工場に対して日本工業規格認定を受ける。
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